June 14, 2009

人型ロボットの“こころ”

映画『ターミネーター4』を観てきました。SF映画は基本的に好きで、近未来ものは特に見逃したくない映画ジャンルのひとつです。
今回の作品は単純なエンターテイメント映画というよりも“人間とロボットの違い”のテーマを色濃く出したコンセプトのはっきりしたSF映画に仕上がっていました。
特に前半と後半とでに“人間とロボットの違い”をコメントしているセリフがありますが、後半のセルフには少しグッときてしまいます。
マーカス・ライトの体が半分人間で半分がターミネーターという設定で、プログラミングされた制約の中で彼自身がどの様に行動するのかが映画の見どころだったのではないでしょうか。

人間と同様の姿のロボット。しかしながらその意志と気持ちは今回限りなく人間に近いロボットでした。プログラミングされたミッションを遂げる為の頑丈な骨格と人間細胞の外郭を持つ最新型ターミネーターとして作られましたが、そのミッションを終えた後、様々な情報からマーカス・ライトは人間としての想いを強く回帰させていきます。
人間らしく生きる意志が人一倍強かったマーカス・ライトの強い意志による決断は…。ラストのシーンでマーカス・ライトの意志がジョン・コナーに伝承される場面は2人ともカッコよく感動しました。強い意志はやはり伝達されるということでしょうか...。

“外殻(外観・骨格)と意志(想いや気持ち)”には強い相関関係があると思います。動植物の遺伝や進化にそれははっきりとあらわれています。生物学は私の専門ではありませんが、いろんな動植物を観たり知ったりするとそう実感してしまいます。特にきびしい環境下で育つ動植物や擬態の生態を持つ動植物をみるたびにそう確信してしまいます。

実は建築的にも当てはまると思います。クライアントが必要とする空間に強いコダワリ的な意志や想い・気持ちがある場合、空間を構成する外郭(外観・構造)にそれが明確に反映されます。また逆の場合もあります。建築(住宅)の仕様・グレードにあわせて、それを使用する(あるいは住む)人の空間の使い方やライフスタイルが変わる傾向があります。後者の場合は、もちろんメンテナンスが行き届いていないとその様になりませんが...。
ある意味「スケルトン&インフィル」の相関関係です。

建築業界でよく使われている「スケルトン&インフィル」は単純に構造と内装を明確に区分し、将来的にメンテナンスをし易くであったり内装部分の使い勝手を使い手の状況に応じて変えることをいいますが、“外殻(外観・構造)と意志(想いや気持ち)”の強い相関関係という観点で「スケルトン&インフィル」の因果関係は存在するのです。

ターミネーターの話からだいぶそれてしまいましたが、ジョン・コナー役のクリスチャン・ベール。彼の俳優魂も素晴らしいものです。2002年の映画「マシニスト」で不眠症の主人公トレバーを演じた時は何と体重を30キロまで減量、その後間もなく「バットマン・ビギンズ」では4か月で体重を100キロまでにしたそうです。そして今回のジョン・コナーの引き締まった精悍な体型…。
クリスチャン・ベール曰く、「俳優としてその役にハマるのを楽しんでいるのだ」といいます。これも「スケルトン&インフィル」の世界を感じます。その人物になりきった場合、私生活は一体どうなってしまうのでそしょう。

また人型ロボットという点では今話題がホットです。
先日、日本政府の宇宙基本計画で計画に盛り込んだ「2020年ごろに二足歩行(人間)型ロボットによる月面無人探査」の発表があり、その実現性についても疑問視する有識者たちからの意見があり、再検討されることになりました。賛成派は「日本ロボット技術の革新やアピール度」の点で、反対派は「月面での操作性やコスト」の点で論議が交わされている様子です。

月面捜査の主旨は「月の成り立ちを解明し、科学的利用や資源利用の可能性を探る」ことがまずの狙い。
ということは、二足歩行のロボットで作業性とコスト面をクリアできれば、世界トップクラスの日本ロボット技術で月面を二足歩行のロボットを歩かせるのも夢物語ではなくなってきている様子です。これはすごいことです…。少し前まではそれこそマンガやSF映画でしか考えられなかったことですので、そんなことが政府の技術開発方針として論議されているのですから…。

また映画でも、まもなく「トランスフォーマー/リベンジ」が公開されるのと、ハリウッドで完全CG化され「ATOM」となって今秋10月に公開されます。両者共に日本が原点の「人型ロボット」です。周知のように手塚治虫が生んだ元祖「人型ロボット」アトムが原点です。
やはり人型ロボットにはそのロボット形状以前にそれを動かすマインドがどの物語もスポットが当たりそうな気がします。どちらも公開がたのしみです。

訳もわからなく幼いころ、伝馬博士のつくったアトムに“心”をインプットしたお茶の水の技術力と人間力にあこがれ、学生時代にやっと念願叶えて直接手塚先生にお茶の水博士のマンガつきのサインを戴いたのを思い出しました。大切な自慢の我が家の家宝ですが、写真をついでにUPしておきます。

  

Teduka_sign


| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 24, 2005

「インフィル」再考(25)

医療施設で「免震構造」の有効性については、2004年10月に発生した新潟県中越地震で直撃を受けた小千谷総合病院の特別養護老人施設「水仙の家」で実証されています。唯一免震構造の建築物で震度6クラスの揺れを経験しています。一方で、そのすぐ近くにあったある家電産業の生産設備が大打撃を受けたこともよく知られています。

Continue reading "「インフィル」再考(25)"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 21, 2005

インフィル再考(24)

構造計算偽造問題のコラムで途切れてしまいましたが、途中であった『スケルトン&インフィル』コラムをぼちぼち続けます。銀座と表参道のブランドショップの話題にうつっていて途切れてました…。

Continue reading "インフィル再考(24)"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 17, 2005

「インフィル」再考(23)

現在、銀座と表参道は、日本を代表とする建築家達がブランドブティックショップ・ビルをこぞって設計し、建築ラッシュとなっています。ちょっとした「有名建築ストリート」は、街の活性化に一役買っていて、建築に携わる者として非常に嬉しい傾向です。

例えば、最近の建築を例にとると、銀座では、乾久美子/Dior、ピーター・マリーノ+アソシエイツ アーキテクト/CHANEL、青木淳/Louis Vuitton、レンゾ・ピアノ/HELLMES...。表参道でも、安藤忠雄/表参道ヒルズ、青木淳/Louis Vuitton 、妹島和世+西沢立衛/Dior、 伊東豊雄TOD'S、 隈研吾/ONE表参道、...、といった具合です。

Continue reading "「インフィル」再考(23)"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 15, 2005

「インフィル」再考(22)

大分放りなげておいた「スケルトン&インフィル」に関するコラムです。

いろんな事例から感じる「スケルトン&インフィル」を紹介しているうちに、ちょっと止め処もなくなってしまっていたので、すこしおさらいをしておきます。

「インフィル」を変化させること、すなわち「模様替え」は、きわめて動物としての本能的な行動であることを説明する一方で、「模様替え」の話しから「ハウルの動く城」に発展してしまいました。ちょっと現実離れしたついでに「スペースシャトル」を題材にして、究極の「スケルトン&インフィル」であると解説しながら、「日産自動車」が経営戦略のひとるとして車内装を充実させていることを例に身近な話題に戻してきたところで中断していました。その続きです。

余談ですが、読み返してみると、最初のこの「スケルトン&インフィル」のコラムに書き始めは「である調」でしたが、いつの間にか「です・ます調」に変わってしまっています。ちょっと恥ずかしいですね。(笑)いずれ再校し、読みやすくしておきたいと思います。あしからず...。

Continue reading "「インフィル」再考(22)"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 03, 2005

「インフィル」再考(21)

自動車業界のみでなく経済界全体でもひとり勝ちと驀進しているトヨタ自動車は注目の的ですが、自動車の内装で注目したいのは、日産自動車の動きです。もうすっかりTVコマーシャルでも、お馴染みですが、レイ・イームス、アルネ・ヤコブセンらのデザインした名作椅子を紹介しながら、日産自動車の内装インテリアの高品質を売り込んでいるのは周知でしょう。

実際にショウルームに出向いてみても、シートなどは従来の機能性を確保しながらも、同時にその材質、縫製、肌触り、質感は高級家具そのものです。一般に、高級家具のみを購入しようとすると、その価格の高額さに驚きますが、車体とのあわせたその値段を考えると、実に格安感であり、そのアピールに力が入る気持ちがわかります。日産自動車のホームページでは、身近にインテリア専用のWEBサイトも用意し人気を得ています。実感として、そのセンスの良さを知ることができます。

ところで、考えてみると車の内装を大切にするセンスのいいヒトは、自分の家のインテリアにも気を使っているヒトの様な気がします。少なくとも私の知る身近な人達は、そうです。車の中が絶えず汚れていたり、手入れができていないヒトの部屋は同じように片付けが悪く汚れています。一方、手入れの行き届いた車の持ち主の部屋は、インテリアも含めてキチンとしている傾向にあります。

考えてみれば、部屋を整えインテリアをそろえたりしているヒトは年収もあるレベルよりも上でしょうし、個性的なこだわりを持つヒトが多いでしょうから、車を購入する場合いくつかのオプションをつけて購入することが多いかも知れません。センスのいい顧客層に的を絞った経営戦略は、やはりカルロス・ゴーン社長の戦略のひとつなのでしょうか。
(つづく)

| | Comments (1) | TrackBack (0)

June 02, 2005

「インフィル」再考(20)

「ハウルの動く城」の話からスペースシャトルへ話が転じて、極端な「スケルトン&インフィル」の事例になってしまいました。でも、動く居住空間とそこにいるヒトの意思や使命感が共鳴しあったとき、それはものすごいパワーや貴重な無形財産を受け入れることができるような気がします。それは、何も究極の乗り物でなくてもそのような実例はたくさんあります。

旅をするときに、ちょっといい席を確保したいと思う気持ちは、そんなことから沸き起こるのではないでしょうか。そうした旅行は、キャッシュカードのCMではありませんが、プライスレスな何かをきっと獲得するような気がします。先に紹介した様に、新型ロマンスカーVSEが好評であったり、JRのトワイライトエクスプレスが常にすぐに座席が満席となる人気ぶりが継続していたり、船旅でも高価な客室に人気があるのは、そのせいでしょう。

しかし、電車や船の場合は残念ながら模様替えはできません。強いていえば、電車で進行方向の並んだいすを回転させ4席を向かい合わせにさせる程度です。自分なりの心地よい空間は、なかなか得ることができません。「スケルトン&インフィル」を実現させる乗り物は?というと、意外にも身近に自動車であることに気づきます。最近の自動車は、多様なオプションインテリアを選べる、動く空間のいい例です。
(つづく)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 01, 2005

「インフィル」再考(19)

一方、「宇宙からの贈りもの」の書中に毛利衛氏は、スペースラブで実験をくり返すなか、顕微鏡で見める細胞と窓から見る美しい地球とが同じように見えた感覚から、生命体としての自己認識をされたと表現されています。そう感じた瞬間、きっと自己も含めて宇宙空間そのものが一体と感じられたのではないでしょうか。

この感覚は「禅」の“無”の感覚と似ているのではないかと私は思います。いずれこの「スケルトン&インフィル」のコラムで、「禅」についても今後少し記述しようと考えていますので、そのときにまた、この話しを持ち出すことにしたいと思います。

いずれにしても、壮大な宇宙空間で孤独に行われるスペースシャトルの業績に、その高度な任務を背負う宇宙飛行士の大変さを痛感します。宇宙飛行士の身体的能力と精神力の強さにはかり知れないものを感じます。「宇宙からの贈りもの」でも数々の高度な訓練を長い時間をかけて受けて宇宙飛行士となる様子が紹介されています。

宇宙飛行士としてミッションを実践するために、身体能力と精神力を鍛えている様子は、人間自身の身体と精神が「スケルトン&インフィル」であるとことを巧みに制御しているようにうかがえます。でも、数々の訓練に耐えうる精神は、子供のころに描いた“宇宙飛行士になりたい!”という熱いあこがれの想いが起動力になっていることも事実です。

強い想いに支えられて、究極に鍛え上げられたバランスのとれた宇宙飛行士の身体能力と精神力に人類の将来の宇宙空間に対する夢と希望をあずけているといっても過言ではないでしょう。スペースシャトルは、究極の「スケルトン&インフィル」を搭載した「人類の動く城」といえるでしょう。
(つづく)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 31, 2005

「インフィル」再考(18)

では実際に、スペースシャトルの「インフィル」な空間はどのようなものなのでしょう。「宇宙からの贈りもの」では、宇宙でのスペースシャトルでの生活を、宇宙科学について専門の知識がないわたし達に興味深く、しかもわかりやすく毛利衛氏が紹介しています。宇宙生活では、液体の取り扱いが容易でないこと、納豆が危険物扱いになってしまうこと、テーブルマナーや衣類について、マジックテープが大活躍すること、排泄の仕方などを、なるほど…と頷きながら楽しく読むことができます。

しかし、スペースシャトルの中のユニークな生活ですが、その裏腹は、生命体を維持するための精一杯の生活の作法であるのです。気軽に一歩外へと言うわけに行きませんが、スペースシャトルの外壁のすぐ外は地球上の生物がまったく生存不能な空間なのです。すべての人工物で囲まれた環境での生活空間であり、そこで実施されるミッションは、人類や生物の神秘を解き明かす為の実験にあたるものです。

スペースシャトルのオービタといわれる部分で仕事場となっているのがアッパーデッキ、生活空間となっているのがミッドデッキといわれる空間だそうですが、ミッッションによりアッパーデッキのスペースラブ(宇宙実験室)は組み換えられるわけですから、未来の宇宙空間に夢と希望を抱く人類の為の「インフィル」です。

また、そんなスペースシャトルの「スケルトン」機能は、未来の宇宙空間に夢と希望を抱く人類にとっての夢と希望を守る重大な「シェル」的な役目をしているといえるでしょう。まさに、これぞ現在における究極の「スケルトン&インフィル」です。
(つづく)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 30, 2005

「インフィル」再考(17)

気ままに綴る「スケルトン&インフィル」のコラムの続きです。
「ハウルの動く城」の建築物は実在しないので少し現実離れした話でしたが、ついでに実際の生活空間ともう少し現実離れした「スケルトン&インフィル」のネタを持ち出しましょう。壮大な人類の夢をのせて過酷な環境下で動く居住空間があります。また、その空間は目的によって模様替えも可能としています。おわかりでしょうが、スペースシャトルの内部空間の話です。

そのスペースシャトルの内部空間の様子と実際の宇宙空間でのライフスタイルを、宇宙飛行士として2度の宇宙体験を持つ毛利衛の著書である「宇宙からの贈りもの」で紹介されています。その著書から「スケルトン&インフィル」に関する一部を紹介いたします。

スペースシャトルの内部は、コックピットのある広さ4畳半程度のアッパーデッキと寝食をする6畳程度のミッドデッキと呼ばれる部屋からなっていて、ミッションに応じてスペースラブやスペースハブと呼ばれる実験室が貨物室に設置されるそうです。宇宙空間は当然空気のない真空の世界ですし、承知のとおり無重力空間です。また、様々な宇宙放射線が飛び交っています。宇宙空間の温度も、太陽光があたらなければ、氷点下数百度まで下がりますし、音のない世界です。

その過酷な環境の宇宙空間と区分する、スペースシャトル本体とそれを操縦するための機能やコックピットは、「スケルトン」にあたり、その他のミッションが行われるスペースラブやスペースハブは変更可能な模様替えのできる「インフィル」空間と言えます。外部の環境ではヒトは生存不可能ですし、現在繰り返し利用できる実在する乗り物のなかでは最速の乗り物です。それを踏まえるとスペースシャトルは究極の「スケルトン」機能をもった外郭です。

一方、スペースラブやスペースハブも、地球の物質的な限界という現実から人類の宇宙空間に対する将来の夢や希望を背負い、その確証ためのミッション毎にその形体を変える空間を備えるわけですから、究極の目的をもった「インフィル」機能言えるのではないでしょうか。
(つづく)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 14, 2005

「インフィル」再考(16)

ソフィーもストーリーが進行するにつれてどんどん自分の生き方に対して素直に強い意思が表現されていきます。そして、それは彼女自身の姿にも表れていきます。自身の素直な気持ちが、姿や顔しぐさにあらわれているからでしょう。ヒトが何かに打ち込んでいたり夢中になっているときに、光って見えるのはこういったことなのでしょう。

ヒトでいう「インフィル」が確固たるものであれば、「スケルトン」である外見、肉体や骨格は、健康体であればヒトは誰でもきっと光って見えるでしょう。生きることに一生懸命の赤ちゃんは、裸んぼうのでも泣いていても笑っていても愛おしく感じます。ずいぶんと年老いた方でも時に仕事の一服時などに見せるなんとも言えない笑顔に幸福感を共有できるのは、こういったことが理由のだと思います。

ですから、仕事や遊びにかかわらず、ライフスタイルにポリシーを持っているヒトは特に、自然とインテリアやその生活スタイルに人となりが表現されるのではないでしょうか。生き生きとした生活や行動力のあるヒトは、基本的な生活やその殻である内装生活空間・インテリア空間をきっと大切にするからです。さらには、内装生活空間・インテリア空間が確固たるものであれば、その殻である建築本体の構造や外皮は、やはり健全なものであれば良いと考えるはずです。豊かに暮らすことを優先とするからです。

「ハウルの動く城」では、ハウルとソフィアが大きく気持ちが変わったときに、お城の模様替えをします。生活していくなかで転機となるときは、同じように思い切って模様替えすることが、ヒトを成長させるきっかけになると思います。少々家がカッコ悪くたって見栄えが悪くたって、賃貸住宅でも関係ありません。引越しをしなくても、進学や就職、昇格や昇給したり、あるいは何かに挑戦するとき、模様替えは、きっと新しいあなたを発見し成長させるきっかけとなるでしょう。
(つづく)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 13, 2005

「インフィル」再考(15)

「ハウルの城・・・」でも模様替えのシーンが登場します。ハウルの意思が更新されたときに一気におこります。重装備であったお城がどんどん分解し、軽装備なお城になってしまいます。また、ストーリーが進行していくにつれて、ますます簡単な「お城?」になっていきます。最後は空飛ぶじゅうたんのようでしたが...。

これはハウルやソフィアの生き様にかける行動力などの意思の固さと自分自身を着飾る殻の関係を表わしているようにみえます。行動力の意思が固いほど自身を着飾る殻は重装備である必要がなくなり、意思が弱いものは殻を重装備にしたくなるような人間の心理を描いているのではないでしょうか。

要するに、生きていく上で個人の生き様の意思の堅さ堅いほど、それを覆うものは簡単なものになっていく傾向を示している気がします。人間の精神や思想、発想力、意欲等を「インフィル」と考えた場合、自分自身の体の「スケルトン」は、「インフィル」を見通せる質実なものであることを表現していると思うのです。
(つづく)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 11, 2005

「インフィル」再考(14)

気ままに書いている「スケルトン&インフィル」の続きです。

話しは少し飛んでしまいますが、宮崎駿監督の「ハウルの動く城」が遂に観客動員1500万人を突破しロングヒットを記録している様子です。また、既に6月より欧米をはじめ世界中で上映されることが決定していますが、国際的なその反響は、実に楽しみです。というのは、実は私は「スケルトン&インフィル」の本質を示していると感じているからです。

「ハウルの動く城」では扉のルーレット状のベルは、その色によって扉の向こう側が違うシチュエーションとなります。そのベルというかハンドルの色はその時に状況によって異なりますが、その色はハウルやソフィーの気持ちを示しているのではないでしょうか?気持ちは、その時の精神状況やものの考え方、意欲等によって異なります。

扉を開けるのは自分自身であり、その時の気持ち次第でいろんな場面に遭遇します。場面の遭遇の仕方は、自身の気持ちや意思次第で異なります。「インフィル」=気持ちであり、「スケルトン」=扉のそとの場面を示しているのではないでしょうか?
そして、その扉のシチュエーションの中でも自分の気持ちや意思の持ち方で行動の結果が異なります。

気持ちの持ち方ひとつで、行動力や立向かっているものについての結果が異なる様に、個々人自身が抱くが熱い想いがライフスタイルや人生観も変わることを宮崎駿監督は強く問いかけているのではないでしょうか。

ハウルの城は勝手に動いているのではなくて、そこに住むハウルやソフィーの想いによって動かされているのです。

ですから、ハウルの城がバラバラに分解しはじめても動いていたのは、もうそこに主人公ソフィーの堅い意思によって生まれた行動力があったからではないでしょうか。気持ちの入れ替えで自身の行動に変化が現れてきたとき、ソフィーの姿が世話好きの90歳のおばあさんにあったり、ハウルに恋する18歳の乙女になったり、マルクルの母親代わりの姿になったりしていたのではないでしょうか。それを言葉ではなく巧みに宮崎駿監督はアニメで描いている気が致します。

前に示したように、私は『ヒトの場合、自分自身の体を「スケルトン」と捕らえるならば、精神や思想、発想力、意欲等は「インフィル」であるといえるのでは?』と考えています。それを抽象的写実によって描いているのが「ハウルの城」だと思えてまりません。
(つづく)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 15, 2005

「インフィル再考」(13)

気ままに書いています「インフィル考」の続きです。

ところで、模様替えの際にはそれまでの生活にかかわってきたいろんなものを先ず片付けるところからはじめることが多いと思います。そのときによく「わぁ懐かしい!」とよく昔の自分が大切にしていた宝物、他人にとってはガラクタみたいなものを見つけることが良くあります。それはそのヒトにとってのひとつのアイデンティティであると思います。捨てきれないものは、やはり今までの自分を形成してきたものであり、重要なファクターになっているはずです。

ですから、新しいライフスタイルを求めるにあたっても、そういった過去のアイデンティティは大切にしておくべきでないかと思います。そのものを、改めて自分の部屋の片隅や身近な場所に飾ることは、今後の自分のライフスタイルを形成する上で、心強く作用するのではないでしょうか。

幼いころの家族と楽しく過ごした写真や努力して勝ち得た賞状や資格証、スポーツの厳しい練習の成果で獲得したトロフィーやメダル。なかなか手に入らないが苦労して得た趣味のコレクション。そういったものは、単なるモノでなくて、自分自身をポジティブな行動へ導いてくれていた証であり、ひとつのアイデンティティなのです。また、いつの時代も、思えばそういった類のものは知らず知らず部屋に飾っているのではないでしょうか。

もし、模様替えの時に、そんな様々な思い入れのあるアイテムを発見できたら大切にまた仕舞い込んでしまうよりも、やはり飾ることをお勧めします。自分を熱い気持ちにさせてくれたアイテムであり、自身のアイデンティティのひとつであるの違いありませんから…。目に着くところきっと再び熱い気持ちにさせてくれたり、さらなる夢に向かって自分を誘導してくれるはずです。

アイテムが壊れていたり汚れてしたら修復したりクリーニングしてリニューアルする。単純に壁や飾り棚に飾るのもいいですが、綺麗に額装してみたり、思い切って壁をニッチ風に改造してみたりするのもいいかも知れません。

ヒトの場合、自分自身の体(肉体・骨格etc)を「スケルトン」と捕らえるならば、精神や思想、発想力、意欲等は「インフィル」であるといえるのでは無いでしょうか?
気分転換に、あるいは気持ちを入れかれる際に模様替えを行う時は、是非、自分らしさのアイテムを見つけ出し、それを大事に飾り付けてみてくさい。将来に向かって頑張っている自分の背中を一押ししてくれるでしょう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 18, 2005

「インフィル」再考(12)

しばらく休んでしまった「スケルトン&インフィル」の続きです。ネタはたくさん背負い込んでいるのですが、なかなか書き並べる順序を気にしてしまって...と勝手な理由でサボってしまいました。表題どおり気ままに書けばいいかなとも思っていますが、...と。

『makinig more of SMALL SPACEES』には他にも模様替えというかどちらかと言うとコンバージョンに近いが、そういった事例が紹介されている。元チョコレート工場や馬小屋や学校だった建物を今風の住宅に変えている例である。こういった建物は比較的天井のフトコロの広くコンバージョンを実施しやすいといえる。そのせいか紹介されている内装は大胆に変えている事例が多い。このレベルともなると普通の人が簡単に模様替えをする状況ではない為、建築・設備共それなりの技術を必要とした業者に頼わざるを得なくなってしまう。高コストにもなってしまう為、こうなったらSI住宅とはいえないであろう。

しかし、コンバージョンでよく使用される小技で、模様替えに参考になる小技がある。それは、よく既存建物の建材の一部を残しその歴史を感じさせる手法である。既存の内装材や場合によっては構造材を残す場合もある。私の好きな建物のひとつに横浜レンガ倉庫があるが、わざと古い構造体や階段を残したり、古いデザインの鉄扉の鋳物製の戸車をリニューアルして蘇らせている。小奇麗になっても古いインテリアを残すことで、そのサーフェイスは歴史を感じさせ、空間に趣と広がりを感じさせる効果を持つ。

残されたインテリアや過去に生きた人物の影響を受けているものとそれを使用する者とに生活習慣や嗜好等のや関連性が存在するならば、それはアイデンティティを示すことにもなるのだろう。

コンバージョンは企業営利で合理的におこなわれてしまうことが殆んどであろうが、自身や家族で実施する模様替えレベルはやはりアイデンティティが欲しい。つまり、模様替えで大切なことは、自分の今の気持ちの変化を空間に示すことがなのである。空間に自分のライフスタイルの理想を反映すべきであり、それが模様替えの重要なポイントです。
(つづく)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 09, 2005

「インフィル」再考(11)

「インフィル」再考(10)のつづき・・・。
「フレキブルな空間」では稼動式の壁紹介されている。詳細のディテールを示した図面等は紹介されていないが、仕掛けは単純に壁にキャスターを取り付けているだけである。住んでいるうちにリビングを広く使いたいなと思ったら壁をおして広げればいい。単純明快な仕掛けである。なぁんだと感じた方もいるかも知れないが、「コロンブスの卵」である。紹介されている写真を見る限りでは、稼動家具の類には見受けららずスッキリと納まっている。

壁を動かすのには一般的にパーテーションや稼動間仕切りがあるが、パーテーションは軽すぎて意匠的にも重厚感がないし稼動間仕切りとなると天井などにレールが仕込まれ意匠的にも住宅として良くないし決まった場所にしか移動できない。恐らくキャスターを壁の中に隠蔽したようなディテールであると思われる。壁を固定する時に使用する治具も上手に納めている様子だ。

以前にも記述したように、「高額なコストをかけないと模様替えができないようなプラン」や「ライフスタイルに応じ、住まい方の変化に対応できるようにしておく為に多額なコストや労力を使うもの」ではあまり意味が無い。ここで紹介したのは設備等のインフラと関連していない単純な壁の例であり成功している。壁には通常コンセントや電話回線等の電気的な仕掛けが必要としている為、少し改良を加えれば多機能稼動壁が誕生するかもしれない。

少しのコスト負担と大掛かりになるのを覚悟しこれをヒントに、一部設備配管や電気的な配線等を脱着可能とし床部の細工を施せば、稼動キッチンユニットやバスユニット、トイレユニットも実現化可能であろう。改修や模様替え時にいったん全部り、模様替えによる大幅なコストダウンが計れるであろう。ただし予め建物本体にある程度の機能を仕掛けておかなければならないため、将来どのくらいの模様替えの頻度があるのか等を検討し無いとあくまでも実験的な建築となってしまう。また、やはりコストや労力を使うものでは良くない。費用対効果を見込んだバランスが必要である。
(つづく)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 07, 2005

「インフィル」再考(10)

「インフィル」再考(9)の続き・・・。
比較的狭い空間が個性的な空間を作り出している実際例は日本で数多く紹介されているが、最近の日本の住宅は1戸あたりの床面積が大きくなる傾向である。一方、欧米の都市部では最近土地の価格高騰で狭くなる傾向ある。最近発行された『makinig more of SMALL SPACEES』(著者:スチーブン・クラフティ、発行:グラフィック社)という書籍にはオーストラリアのメルボルンを中心とする住宅の中から狭いながらにも工夫して建築された具体例が多く紹介されている。

広大な土地に恵まれて自然豊かなオーストラリアでは都市郊外に庭付きの戸建ての住宅が当たり前である。しかし、近年都市部での生活の便利さや防犯上観点から、都市部に住む傾向となっている。住・働・遊を合理的に生活に取り入れることができるのはやはり都会ということなのであろう。そうしたことから都市部の土地価格が上昇し、分譲住宅、賃貸住宅を問わず高騰し一戸あたりの床面積がかなり狭くなってきているのがオーストラリアNSW地域の現状である。

ところが、一戸あたりの住宅の面積が狭くなってきたといってもやはりオーストラリア。その面積が概ね100㎡程度か若干それを下回るくらいである。つまり、日本の現在の都市部でみられる分譲マンションの人気の広さと共通する。広さ的に接点があるところが面白い。また、その多くが今風のシンプルなデザインであり、「太陽の国」であるだけに自然採光を意識して取り入れたものが多く紹介されています。現在日本の都心部に住んでいるヒトやそうしたいと考えているヒトであればきっと興味深い書籍であろう。そのなかでも「スケルトン&インフィル」的な事例として紹介されているのが、「フレキシブルな空間」である。
(つづく)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

January 26, 2005

「インフィル」再考(9)

動物は自分自身の身を守るために「スケルトン」である殻をつくり厳しい環境から隔離しようします。そして、「スケルトン」の中で有意義な暮らしを実現させようと「インフィル」を構築しようとするのです。

一方、周囲の環境や自分自身に変化があらわれた時、以前とは異なった「インフィル」を構築しようと動物は本能的に行動を起こすのです。また、比較的狭い空間は個人にとって都合のいいように変化させることができるから、個性的な空間を誕生させるのです。

書斎、ロフト、研究室、ガレージなどは決して空間スケールの大きさを感じさせない部屋ですが、何故かその場所には個性的なものがありそうなそんな想像をかきたてます。実際、有意義な生活をしているヒトのそういった空間は工夫した空間の使い方やみて見るとワクワクするようなインテリアがあったりもすることが多い様な気がします。

本来「インフィル」はその時の時空間における自己表現であり一過性的なものであると考えられす。内装やインテリアなどの建築空間で一般的にいう「インフィル」は住人自身から見れば、自分と言う人格を表現するひとつの表現方法であり、殻=「スケルトン」なのです。この場合の「インフィル」は自己と言うことになります。

「スケルトン」と「インフィル」がバランスよく呼吸しあってこそ心地よい建築空間ができるのです。

「スケルトン」がある時には「インフィル」に変化し、「インフィル」がある時には「スケルトン」になる。双方で新陳代謝を行うことで一種のカオス(=混沌)な状態が充実した生活空間を得ているといって良いかもしれません。
(つづく)

| | Comments (0) | TrackBack (1)

January 25, 2005

「インフィル」再考(8)

「スケルトン&インフィル」コメントの続きです。

そもそも動物は自分の棲家が狭いと個性的な空間作りをするのではないだろうか。ビーバーの話を出したので、その延長で我が家で飼っているアイドルのハムスターのおもしろい習性を紹介する。

彼はいつも実に個性的に自分の棲家づくりをしている。決して大きいハウスではフワフワの綿やティッシュを集めては気持ちよさそうな自分の寝床をつくる。しかも、かれこれ同じハウスに6代目ハムスターを飼っているが、どのハムスターも個性的な自分の住み易い空間を自分でつくっている。

ハウスの中にあるアイテムが全く一緒でもである。また、同じハムスターでも時々ハウスを掃除するとしばらくの間ひねくれるが、やがてまた自分が住みやすいように前とは別な場所に寝床をつくっている。ペットを飼っている方ならきっと他の動物も同じようなことを経験しているのではないだろうか。

ハムスターにしてみれば棲家は自身の思い々々の寝床を状況にあわせてレイアウトしてつくっています。いわばDIY(Do it yourself)でインフィルな空間を創りだしています。無意味に新しい空間を創りだしている様に見えますが、実は無意識のうちにあることを意識して空間を創造しています。

それは、人間の勝手な棲家の破壊により、またいつか破壊されるかも知れない自分の棲家を、そのときの自分の体の大きさや体力、経験値等によって、一生懸命工夫して創り出しているのです。飼い慣れて餌を与えられると判ると手前側に比較的に寝床を用意しますが、ハムスターハウスのお掃除の回数が頻繁になると奥の方に寝床を引っ越してしまう傾向にあります。

ある意味で周囲の環境と向かい合い対応しているのですから、外部環境とインフィル空間は新陳代謝しているといってもいいでしょう。環境を意識し、現在の自分自身の能力等を把握することで新しいインフィルな空間が誕生するのです。
(つづく)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

January 10, 2005

「インフィル」再考(7)

「インフィル」再考(6)の続き...。
実はダムは棲家を中心とする川の水位調整のためにつくられます。ビーバーは泳ぎが得意であり、驚くことに天敵や外敵に襲われたときに素早く逃げるために川の水位を自分達で支配しているです。ロッジの出入り口も複数あり外敵に襲われにくいように水の中に設けています。立派な「ロッジ」も襲われたときに壊されにくいので、その間に逃げるためだそうです。素早く逃げる為には、ある程度以上の水深が必要なのです。自分達家族の安全な暮らしを守るため、天敵や外敵から身を守るために大掛かりな建築をしているのです。

ですからかれらは自然環境に合わせてそのダムの形状やロッジを変化させることができます。具体的には川の幅や深さ気候によって左右される水の量によってダムの大きさを変えます。別の見方をするとある意味で、ダムの大きさや形状の基準となっている自然環境そのものが「スケルトン」、かれらが自由な形でつくるダムやロッジが「インフィル」といっても良いかも知れません。

つまり生態~ライフスタイルを重視するビーバーにとって、それを守るためには本来「スケルトン」であると考えられている構造体部分を自由に状況により変えてしまっているのです。そしてそのなかに究極の「インフィル」をつくりだし確保しているのです。ポジティブで定着したライフスタイルを持つビーバーに驚かされます。
(つづく)

ビーバーの生態を確認するのに主に「動物たちの土木建築学」のサイトにて参考にさせていただきました。ほかにも様々な動物達の土木建築が紹介されていました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

January 09, 2005

「インフィル」再考(6)

「スケルトン&インフィル」の続き...。
ところで、動物のなかには自分たちの種族の生命存続のために、必死に棲家や巣作りをするものもある。自分の棲家を「建築する」イメージに近い動物の代表としては北米に住むビーバーが代表的です。

かれらはの生態で川をせき止めダムを作ることはよく知られています。発達した門歯で木をけずり枝を集め石や泥で固めてつくります。ダムのほかに「ロッジ」と呼ばれる棲家もダムの上流側につくります。実際自分の目で見たことはありませんが、ドキュメントTVや図鑑などで見るかれらの棲家は見事なものです。また、それらのダムや棲家はかれらの家族で構築するそうです。家族はペアを中心に2~4頭ほどであることから棲家をつくるための家族の絆と協調性意識がすごく高いといえます。高い知能がある様にも思えます。

では、かれら達にとっての「スケルトン」と「インフィル」は何でありその役割は何なのでしょうか?単純にダムとロッジの枝や泥でつくられている部分は「スケルトン」でロッジの中のかれらが寝床としている棲家の部が「インフィル」です。
棲家では同じ家族群と蓄えた好物の木の樹皮や芽などを食べたり寝たり子育てしているのが主な生態ですが、そうであればその生態を守るのに、ビーバーは体長が1mほどなのに何故川幅を横断する大きさの体に似合わないスケールの「ダム建築」をするのでしょう?
icon
icon

(つづく)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

January 03, 2005

「インフィル」再考(5)

しばらく間が開いてしまったが、「スケルトン&インフィル」考の続きを記述する。
“「インフィル」な生活は、動物本能的なことであり、自分の生活のなかで「狩り」をしてきた収穫をそこで誇示するべく行為なのである。”とまで述べていた。

したがって、カタログ程度の情報でSI住宅がなんとなくカッコいいというだけでそれを選ぶのは間違いである。自分のオリジナルな生活があり、それに即した程度の住宅やインテリアを選ぶのが正しい。住宅や選んだインテリアに生活をあわせ様とするのは本来の動物本能による行為ではなく、本末転倒である。情報過多でそれに翻弄されると、生活そのものや人間らしさを失った状態に陥る恐れがある。

また、自分の今までの生活レベルやライフスタイルを無視して、住居やインテリアを備えると生活そのものが自分本来のリズムではなくなり、自立神経失調症のような状況に陥る。ある日突然宝くじ等が当選し身の丈知らずの生活をした場合、思わぬ様々な不幸が訪れる事例はまさにこの為であり、よく聞く話である。

こうして考えると、大きい吹き抜け空間を備えて「さあどのようにも空間を自由にできますよ」というものや高額なコストをかけないと模様替えができないようなプランはSI住宅と呼べないと考える。なぜなら「インフィル」はあくまでも自然な状況で住人がポジティブで自由に可変できるものでなければ無意味であるからだ。

SI住宅はそこに住む住人の「インフィル」、つまり「その人物を満たすライフスタイル」が明確に反映されるべきである。それを象徴する形あるものが間仕切りのパターンでありインテリアであり内装装飾である。そしてそれらすべては変更自由度の高いものである必要がある。逆に言うとDo it yourself 的なポジティブなヒト、定着したライフスタイルのあるヒトがSI住宅に向いていると言えよう。ライフスタイルが確立していないのにイメージのみが先行し、カッコ良さで住宅を取得するととんでもないことになる。
(つづく)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 19, 2004

「インフィル」再考(4)

いわゆる団地などの狭い住宅などの場合、逆にその空間を精一杯暮らしやすくするため、自由な発想でニーズにあった内装やインテリアを選択している傾向にある。自分の住まいのスケール感を知り、いろいろ考え工夫した上でインテリアや生活必需品を調達し、住まいに備える。自分の生活スタイルにあわせて狭い空間を有効に活用するためには当然である。

これは実は動物が棲家や巣作りをする行為に似ている。というか、人間もほんの数千年前は建物らしいものを所有していなかったわけであるから、必要最低限の広さの住まいで暮らしやすくする行為はごく自然な行為である。インテリアや生活必需品を整備する行為は、動物で言うと狩りで獲物を取得し巣に持ち帰って思うがままに扱う行為なのである。当然自分の狩りの能力が長けて巣に持ち込む獲物が多くなったり、異性を確保し子づくりの必要性に迫られると、必然的に巣の模様替えをしたり場合によっては巣の形そのものを変えてしまう。
巣の形を変えてしますことは改築行為であるが、模様替えをすることはまさにインフィルな生活であり、SI住宅と言える。

生活情況にあわせて住まいの一部を変化させて生活していくことは、なにも新しいことではないことをお判りいただけてだろうか。生活水準があがると住まいのインテリアや調度品が高価なものになっていく様子は、まさに動物本能的なことであり、自分の生活のなかで「狩り」をしてきた収穫をそこで誇示するべく行為なのである。
(つづく)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 16, 2004

「インフィル」再考(3)

デザイナーズマンションなどの広告を見ると、個性を隠したクールなライフスタイルが流行っている様におもえるが、本来住宅にそんな空間はいらない。また、商店建築や企業活動空間は別だが、住宅に関していえば建築はそういうクールな「場」を提供すべきではないと思う。一個人やそこに住む家族の生活臭が匂ってくるべき場所が「住宅」であると思う。これは、汚く散らかして生活するというのでない。個性を殺した生活空間はいらない、温もりのある空間を住建築は提供すべきであると主張したいのだ。

自分らしさが無意識のうちにかもしだされ、心地よさを感じる空間が住宅にはあるべきである。
ウサギ小屋と呼ばれた高度成長期時代に建てられた狭い公団の住宅や家々ですら、その中では個性ある生活が営まれていた。住宅公団の同じ間取りで同じ外装の四角い建物が異様なくらいに建ち並ぶ風景は、ウサギ小屋というよりはネズミ小屋の様な印象さえあった。しかし、その住居の中は狭くも個性ある空間があった。

「こやじ」はかつて公団の団地で住んでいたが、近所の家を訪ねると自分の家とはまるで異なる生活空間を持っていたのを記憶している。昭和のアナログ的生活様式をはぐくんできた住人達が、狭い空間が故に精一杯そこで個性を出し切ろうとしている息吹であったと思う。もう2003年の春に解体されてしまったが、特に青山の同潤会アパートなどは最後までそこに住む、あるいは使用する者たちの自由な発想でその限られた空間を精一杯活用していた。
(つづく)
doujunkai_ap

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 13, 2004

「インフィル」再考(2)

また「MUJI..」の規格住宅の展示されているモデルは、ガルバリウムの角波鋼板の外壁であり5間×3間半で本体価格が1,647万円。(51.4万円/坪)

流行の建築外壁仕様であるが、住宅規模であるとどうも一見現場で見かけるコンテナハウスのようにみえてしまう。
そう思うと、当然基礎工事までを含む価格であろうが、この価格はつらい。

シンプルなデザインを追及している故、このような外壁の選択となってしまったのであろう。「こやじ」的にはもっとオーガニックな外壁を「MUJI..」に選択していただきたかった。

たとえば、思い切って緑化した外壁とか個性的な曲線のアウトラインを持った珪藻土系の塗り壁の仕上げとか...。
こんど鉄筋コンクリート造の住宅を発表するようだが、規格住宅でなく、任意な場所に好きな形の窓が設置できたり、壁のハツリ仕上げができたり、住人のわがままが形となってあらわれる商品を期待したい。

今秋の規格住宅は、スケルトン&インフィルの思考で建てられているが、スケルトン部もインフィル部も「MUJI..」であると、こざっぱりし過ぎて、失礼ながら「MUJI..」+「MUJI..」=無?って感じがするのは「こやじ」だけであろうか?

「MUJI..」を否定しているのではない。本来の「MUJI..」のコンセプトが見えなくなってしまっている気がするのである。
何もしないデザインを生活の身近な場所に添えることで、個々の充実した「生活」をデザインするのが本来「MUJI..」のコンセプトでないだろうか?

「こやじ」としては頑固に、「スケルトン&インフィル」のインフィルは『生活の精神的充実』と捕らえたい。
建築の形としてそれが、間仕切りであろうとインテリアであろうと、住人の個性ある生活そのものと生活に対する考え方や気持ちの組み方が「インフィル」という考え方。

建築主体で生活があるのではなく、あくまでも生活を演出するために建築空間があって欲しい。
都会のゴチャゴチャした殺伐とした空間の中に紛れて建つ住宅空間の中に、「MUJI..」のシンプルなデザインがあってこそ都会生活者は自分自身の生活を見出せるのであると思う。

内外装も無個性な建築空間を選択する場合、相当個性あふれる充実した生活をしていないと、ちょっとコワイ気がする。現在の「MUJI..」の規格住宅の販売の仕方は、パーツやアイテムのカッコ良さだけがあまりにも先行してしまっているように見える。
今は、カッコ悪さ=個性の時代であり、売り物になる時代に移行していると感じている。
(つづく)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 09, 2004

「インフィル」再考

小春日和というか、小夏日和になった日曜日に新しくできたCHANELのビルを横目に通り過ぎ、有楽町にある無印良品の店に行って規格住宅を見てきました。
店舗の1階の吹き抜け部分に2階建てで構造はSE構法という木造を採用し展示されていました。

「MUJI...」らしくスッキリと納まったディテールで白系色の仕上がりである。
スッキリというのには訳がある。住宅をつくるにあたり「編集」と「インフィル」(この場合は『いっぱいに満たす』とうい意)の方法をテーマにしているからだ。

「スケルトン&インフィル」の住宅(以下SI住宅)として、『生活の変化に応じて間取りを自在に変化させることのできる新しい住まいである。』とカタログに謳っている。ん?ちょっと待ってよ!と感じた。提案しているSI住宅は高齢者や幼児にとって決してつかいやすいデザインではないからだ。

一番象徴的なのは、階段と吹き抜け周囲の手すり。最近の住宅はお決まりの様に吹き抜け空間とデザインされた「見せる階段」があるが、同じように「MUJI..」の場合すべての35パターンに必ずこれがある。これって根本的に幼児や高齢者にはあまり都合のよいものでは無い。とても生活の変化に追従している様には残念ながら感じなかった。

実際、真っ白いシンプルな角パイプで構成された吹き抜け部の手摺は、安全の為カタログには無いネットが張られていた...。少子高齢化時代の今のニーズを考慮すると、少し残念である。
提供している住宅のデザインは限られた年代層をターゲットとした「インフィル」の気がする。
(つづく)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 08, 2004

「スケルトン&インフィル」って何?

「スケルトン&インフィル」という新しい発想が今、建築界というか住宅業界で流行っている。
業界でいう「スケルトン:Skeleton」とは(骨格)であり、梁・柱・壁・床など建物を構成する構造体を示す。一方、「インフィル:Infill」は([空間]をふさぐ)という意味を持ち、内装・インテリア・設備・間取りといった可変的な部分を示す。

一般的に「スケルトン」と「インフィル」では根本的に建材自体の寿命が異なるし、現代の高度情報化時代の中で多種多様な個々のライフスタイルが存在する。であるから、住民は単一な間仕切りや内装、インテリアの空間では生活ニーズに合わなくなってしまっている為、「スケルトン」はしっかり作りましょう、「インフィル」は自由な発想でニーズにあったものを選びましょう。という発想である。
そんな工法で作られる住宅などは略して「SI住宅」と呼ばれている。

でも、これって本当に新しい発想であろうか?「こやじ」的には全然新しいとは思わない。
商売上手な誰かが、格好いい名称を考えて国土交通省と手を組んで「スケルトン&インフィル」を流行らせているように思えてしまう。「スケルトン&インフィル」は、住宅を売るが為のキーワードになりつつあるっている今、本当にそれでいいのであろうか?

今後しばらくの間、具体的な建築やライフスタイル、デザイン等を紹介した上で「スケルトン&インフィル」について考えていきたいと思います。「スケルトン&インフィル」が本当に目指すものは?また、その先にあるものを探り「こやじ」的に建築空間の目指すものやライフスタイルを主張していきます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)