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June 01, 2005

「インフィル」再考(19)

一方、「宇宙からの贈りもの」の書中に毛利衛氏は、スペースラブで実験をくり返すなか、顕微鏡で見める細胞と窓から見る美しい地球とが同じように見えた感覚から、生命体としての自己認識をされたと表現されています。そう感じた瞬間、きっと自己も含めて宇宙空間そのものが一体と感じられたのではないでしょうか。

この感覚は「禅」の“無”の感覚と似ているのではないかと私は思います。いずれこの「スケルトン&インフィル」のコラムで、「禅」についても今後少し記述しようと考えていますので、そのときにまた、この話しを持ち出すことにしたいと思います。

いずれにしても、壮大な宇宙空間で孤独に行われるスペースシャトルの業績に、その高度な任務を背負う宇宙飛行士の大変さを痛感します。宇宙飛行士の身体的能力と精神力の強さにはかり知れないものを感じます。「宇宙からの贈りもの」でも数々の高度な訓練を長い時間をかけて受けて宇宙飛行士となる様子が紹介されています。

宇宙飛行士としてミッションを実践するために、身体能力と精神力を鍛えている様子は、人間自身の身体と精神が「スケルトン&インフィル」であるとことを巧みに制御しているようにうかがえます。でも、数々の訓練に耐えうる精神は、子供のころに描いた“宇宙飛行士になりたい!”という熱いあこがれの想いが起動力になっていることも事実です。

強い想いに支えられて、究極に鍛え上げられたバランスのとれた宇宙飛行士の身体能力と精神力に人類の将来の宇宙空間に対する夢と希望をあずけているといっても過言ではないでしょう。スペースシャトルは、究極の「スケルトン&インフィル」を搭載した「人類の動く城」といえるでしょう。
(つづく)

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