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January 29, 2005

◆小千谷総合病院のスタッフ力(前編)

新潟県中越地震の震源地に近い小千谷市に小千谷総合病院関連の建物で免震構造の建物がある。介護老人保健施設「水仙の家」である。昨年末に何度か訪ね免震構造の性能と威力のすばらしさを実感した。地震時の揺れを約4分の1ほどに減衰し、当時は本棚の花瓶も落ちないほどでまるでユラユラと船に乗っている感じであったという。

小千谷総合病院の横森院長にも当時の様子を直接伺うことができ様々な貴重な体験を聞くことができた。免震構造のすばらしさについては特定企業の営業活動に任せるとし、ここでは地震直後の横森院長をはじめとする病院のチームワークのすばらしさについてコメントしたいと思う。

免震構造の「水仙の家」とは異なり、小千谷総合病院はRC造7階建ての築昭和44年より増改築を重ねてつくられた民間の病院である。震度6強を記録した地震当時、小千谷総合病院は免震構造の建物とは大きく異なり当時は激しく揺れ、すべてのインフラが止まりスプリンクラーが破断し、あちこちの床が水びたしになったそうです。そんな中、病院内には約220名の入院患者がいましたが、その7割が65歳以上のお年寄りで、なかには人工呼吸器にたよる患者さんが3名、自力歩行の困難な患者さんも数十名いたといいます。しかし、小千谷総合病院からは誰ひとり怪我人が出ませんでした。その背景には病院スタッフの秒刻みの行動力と命を救おうとする医療に携わる人間の使命感あふれるドラマがあったのです。

10月23日17時56分、ライフラインを失った建物は自家発電装置により電気のみ機能を復活させます。しかし、自家発電の燃料が足りる時間はたったの45分間。いち早くそんな状況も的確に把握し、横森院長に伝えたのは事務局長であったという。病院としては特に電気の必要な人工呼吸器を利用した患者さんの安全な場所への避難を考える必要があったのだ。45分間の間が勝負であり、その間でなんとかしようと決意したという。一方、大勢の患者さん達もまずは1階へ何とか避難させ様と考えた。1階は一般の階よりも柱が太く病院のどこよりも安全であると考え人員も確認し易いと判断したからだ。そして避難活動が始まった。
(つづく)

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